吉田山の桜の植樹報告

今年も2月25日 日曜日、会員18名とそのご家族3名が参加されて吉田山の桜の植樹が行われました。当日は曇り空とは言え比較的穏やかな天候にも恵まれ、「吉田山の里山を再生する会」の皆さんを中心に、ボーイスカウトの皆さんの協力もいただき無事に植樹を終えることができました。

京都東ロータリークラブのメンバーはピンクのおそろえのジャンパーに身を包み、各班に分かれて、まずはお世話をされている再生する会の津田様に植樹の方法をご指導いただきました。現場までは手分けして苗木や肥料、水を運びます。そして植樹の方法については、決められた場所にまず直径50cm、縦に40cmほどの穴を掘り、ガラや石ころの無い砂と肥料、それに苗木の栄養剤を水で良く混ぜて植樹に使う土をつくります。掘った穴の底にこのこねた土を入れ下地をつくり、そしてその上に苗木を置き、まわりにも同じようにこねた土を入れて、植え終えたらまわりに土手を作り十分に水をやる。そして最後に添え木を立てて苗木が傷つかないように保護用の紐(包帯状のもの)を巻き付けて完了ということでした。津田様のお話によると紐をまくときには必ず時計方向にまくことが肝心で、苗木の根と土も時計方向にまかれており、これは木の世話をする時の決まりごとのようでした。

我々が担当した場所での実際の作業は傾斜地ということもあり、また穴を掘り進めていくうちに下からガラが出てきて、シャベルで掘るのにも一苦労しましたが、何とか苗木を植えることのできる穴を掘り、ご指導いただいた通りに作業をすることができました。実はこの場所は数年前に植樹した桜が枯れてしまった場所で、枯れた木を取り払ってから再度苗木を植えることになりました。せっかく植えても根付かずに枯れてしまうこともあるようで、自然相手に人間が手を加えることの難しさを実感することになりました。今度こそ、この桜が順調に成長することを願うばかりです。

今回植樹用に用意していただいた桜の苗木は、幽斎桜(枝垂桜の種)と呼ばれるそうで、なんでも戦国武将の細川幽斎から名付けられたというお話を再生する会の方から伺うことができました。~以下、お伺いした話によりますと、幽斎は戦国武将でありながら、歌道や古典などの文化にも通じていた学者という面も持っていました。公家との交わりも深かったようで、幽斎の知人であった公家の中院通勝(なかのいんみちかつ)が丹後(今の舞鶴市)に左遷されたときに幽斎は、落ち込む通勝のために吉田山の桜木を丹後に移植し、彼を慰めたそうです。その時の桜は、舞鶴市の瑠璃寺に今も植えられていますが、その桜が吉田山に里帰りして苗木が育てられ、その苗木が今回の植樹に使われたとのことでした。

こうして今年も無事に吉田山に桜を植えるお手伝いをさせていただきましたが、何年か先に桜が大きく育ち、その下でお花見をしながら社会奉仕フォーラムができることを願いつつ、今年の吉田山の桜の植樹事業報告とさせていただきます。